慶應義塾大学通信教育部シラバス

科目名
西洋史特殊Ⅲ
科目設置 文学部専門教育科目 授業形態 テキスト科目
科目種別・類 第2類 単位 2
キャンパス - 共通開講学部 -
設置年度 2025 授業コード T0EA001401

講義要綱

本科目は、中世末までのイングランドにおける制度史的な諸展開を理解することを目的とする。

テキストの読み方

本科目のテキストでは、イギリスが近代化しデモクラシーへと発展する基礎が築かれる過程が中心に論じられている。特に、他のヨーロッパ諸国と違う独自の型の近代化を推進する基礎条件が中世にいかに醸成されたかが著者の意図である。
 イギリスでは、全体主義的王権や官僚組織の肥大化と硬直化といった弊害が比較的少ないのが特色だった。イギリス史の特徴的発展の原因の一つとして、中世に一種の自主自営の「民」、即ち、ナイト、ジェントリー、スクワイヤー階層(いわゆる「独立自尊の民」の原型)が生まれ発展したことが指摘されている。また、他国と比較して、都市と農村部の有力者層の利害の調和と融合が進行したことも注目に値する。改訂版では、この点がやや具体的に述べられている。
 もう一つ重要な点は、イギリス中世社会においては、貨幣経済の浸透と社会全体の商業化が早くから顕著なことである。この傾向はすでに12世紀に萌芽的な形で見られ、13世紀に中間層を中心として封建的身分が主として貨幣収益を基準に再編成されていった(たとえば「騎士強制」)。後には、さらに上級階層の分化も貨幣収益を軸に進められた。封建制度の中核的義務であるナイト勤務も12世紀末以来、軍役代納金制度の導入により、金納化が進んだ。マグナ・カルタには封建的付帯義務の規定が多いが、その時点で封建的負担はすでに貨幣負担化の傾向が見られた。ここに、イングランドの法や制度の柔軟性を見ることができる。また、特に、ヨーロッパの中世王制には租税制度の欠陥が一般にみられるが、イギリスではその欠陥は13世紀の混乱を経て解決され、近代的租税制度への基礎が確立された。
 「国家による経済的要求は「民」の合意を要する」という原則が確立され、また国王も自由保有地にはみだりに立ち入れないという形で私有財産の権利が保障された。その結果、国王は「民」の合意なしには国政の基礎である十分な収入を確保できなくなった。そのため、王権の強大化が抑止されることになった。「民」の合意を得るには国王は「民」の意に適う国政の改革を行わねばならないため、制度の進歩・発達が保証され、制度の硬直化が阻止された。立法における「民」の請願の重要性、無能あるいは腐敗役人の弾劾など裁判や行政における中間層の役割などを保証したのは、議会の財政特権だった(中世末の議会制度の発達の項参照)。この発展の過程では、多くの混乱、時には犠牲者が見られたが、何度か革命の事態は回避された。
 イギリス史はヨーロッパ全体の中で理解されねばならない。多くの外国勢力がイギリスに流入し、また多数のイギリス人が海外で活躍した。この外との交流と摩擦から多くの影響を受け、イギリスは文化的経済的にも豊かとなった。近年この側面の研究に多くの関心が払われているが、本テキストでは、紙数の制限や現在のわが国の研究状況のために説明が十分ではない。また、12・13世紀の記述が詳しく、それ以外の時代についてはやや簡略であるが、それは著者の研究関心と同時に本国の研究状況にもよるものである(ただし後者は変化しつつある)。しかし本テキストは、依然としてイギリス中世国制史に関して邦文で最も詳細なものである。

履修上の注意

 教科書の末尾には「補説」が置かれています。本文が書かれた後の研究の進展を反映し、本文の記述をアップデートしている部分です。該当する部分と比較しながら読んでみてください。研究の進展を感じることができるでしょう。
 それと併せて、エドマンド・キング『中世のイギリス』(慶應義塾大学出版会、2006年)を読んでください。これも、教科書の記述と比べながら読むとよいでしょう。
 さらにバーバラ・ハーヴェー編『12・13世紀』(オックスフォード ブリテン諸島の歴史4巻)(慶應義塾大学出版会、2012年)とラルフ・グリフィス編『14・15世紀』(オックスフォード ブリテン諸島の歴史5巻)(慶應義塾大学出版会、2009年)をあわせてみてください。教科書とキングは、宗教についての記述が薄い部分があるので、該当の章で、その部分をおぎなうこともできます。
 その他、『世界歴史大系イギリス史 Ⅰ:先史・中世』(特に城戸毅執筆章:第6章イングランド封建国家、第7章王権と諸侯、第10章イングランド身分制国家の展開、第11章中世末期のイングランド)(山川出版社、1991年)、朝治啓三、渡辺節夫、加藤玄編著『中世英仏関係史 1066─1500年』(創元社、2012年)、城戸毅『百年戦争─中世末期の英仏関係─』(刀水書房、2010年)、佐藤猛『百年戦争─中世ヨーロッパ最後の戦い』(中公新書、2020年)などがお勧めします。また、封建制についての最新の理解は、シュテフェン・パツォルト『封建制の多面鏡 「封」と「家臣制」の結合』甚野尚志訳、刀水歴史全書102、刀水書房、2023年(電子書籍版有)で得ることができます。

成績評価方法

科目試験による。

レポート作成上の注意

まず上記の「履修上の注意」にしたがって、テキストを通読および検討をおこなってください。そして『中世のイギリス』とあわせて、中世イングランド史の流れを捉えてください。レポートの作成にあたっては、課題の問いに対して、正面から答えるよう心がけてください。答えには、関連する具体的な事例・出来事をひいて根拠を明示するようにしてください。レポート作成時には、テキストの抜き書き、丸写しにならないよう、自分自身の考えに基づき、自分自身の言葉で書いてください。cf. https://www.youtube.com/watch?v=IxM1e4W1S8I  科目試験の際も同様です。