慶應義塾大学通信教育部シラバス

科目名
行政法
科目設置 法学部専門教育科目 授業形態 テキスト科目
科目種別・類 甲類・乙類 単位 4
キャンパス - 共通開講学部 -
設置年度 2022 授業コード T0EC003703

講義要綱

 行政法は、国や地方公共団体という行政活動の主体が当事者として登場する法律問題を考察の対象とします。わたしたちの身の回りには、多種多様な行政活動が関わっています。各種の公的手続に必要な住民票は、市町村が管理しています(住民基本台帳法)。自動車を運転するには、都道府県の公安委員会が発行する免許が必要です(道路交通法)。普段利用する鉄道やバスの運賃は、国(国土交通大臣)の認可を受けています(鉄道事業法、道路運送法)。災害の危険が差し迫って避難が必要なときは、市町村長が避難情報を発令します(災害対策基本法)。このように行政法は、国や地方公共団体が広く深く関わっている社会システムの存在理由、構造と機能を法的な視点から議論し、国民と行政の関係を考えるのです。
 この科目を通じて、行政法について特に学ぶべきエッセンスとして、次の3つの観点を挙げておきます。第一に、行政活動には具体的にどのようなものがあって、その法的な仕組み、特徴はなにか。第二に、それらの行政活動は、いかなる場合に違法と評価されることになるか。そして、第三に、行政活動によって権利が侵害されたり、財産上の損害を被った国民は、どのような手続きを通じて自己の権利や利益の回復を求めることができるか。
 現代社会において、行政活動は、実に多くの場面で活発に行われ、かつ役割も重要です。そこでは、既存の法律や、これまでに積み上げられてきた判例・学説によって解決可能な問題ばかりではなく、新たに政策形成を試み、制度の構築を図る必要に迫られる問題もあるでしょう。また、行政手続法、情報公開法、行政事件訴訟法、そして行政不服審査法などの主要な行政法規をめぐる判例の動きのみならず、規制改革・行政改革の波は、行政活動を取り巻く環境を着実に変化させてきました。現実の問題を前にしたとき、主権者である国民にとって最善の解決策はなにかということを常に考えながら、行政法の意義を学んでください。
 なお、指定教科書の構成は、次のとおりです。
 第1章 行政法の基本構造
 第2章 法律による行政の原理
 第3章 行政法の一般原則
 第4章 行政上の法律関係
 第5章 行政組織法
 第6章 行政基準
 第7章 行政行為
 第8章 行政裁量
 第9章 行政契約
 第10章 行政指導
 第11章 行政計画
 第12章 行政調査
 第13章 行政上の義務履行確保
 第14章 行政罰
 第15章 行政手続
 第16章 情報公開・個人情報保護
 第17章 行政上の救済手続
 第18章 行政事件訴訟法概観
 第19章 取消訴訟(その1)──訴訟要件
 第20章 取消訴訟(その2)──審理・判決・執行停止・教示
 第21章 取消訴訟以外の抗告訴訟
 第22章 当事者訴訟・争点訴訟
 第23章 国家賠償
 第24章 損失補償

テキスト

櫻井敬子・橋本博之『行政法』弘文堂、第6版、2019年

テキストの読み方

 行政法の学問体系は、行政組織法(行政活動の担い手に注目して、国や地方公共団体の組織編成、公務員に課せられる規律などを学ぶ)、行政作用法(行政から国民に働きかける場面において、具体的な行政活動の法的な仕組みや特徴、それらの行政活動がいかなる場合に違法と評価されることになるかを学ぶ)、行政救済法(行政活動によって侵害された国民の権利利益を回復させるための手続き(裁判など)を学ぶ)から構成されます。このうち、特に、行政作用法と行政救済法は、行政から国民に対して向けられる行政活動(行政作用法)と、国民から行政に対して向けられる権利救済手続(行政救済法)という関係に立ちます。つまり、行政法を学ぶにあたっては、行政作用法と行政救済法との相互連係を意識することが重要になるのです。
 テキストに指定した櫻井敬子・橋本博之『行政法』は、このような行政法の学問体系の全体がコンパクトに一冊にまとめられたタイプの教科書です。これに対して、参考文献に挙げた大橋洋一『行政法Ⅰ現代行政過程論』『行政法Ⅱ現代行政救済論』は、行政作用法(行政組織法の概略を含む)と行政救済法が分冊されたタイプの教科書です。前者のように一冊にまとまったタイプの教科書は、全体の分量(ページ数)が比較的少なくなるものの、行政作用法と行政救済法の相互連係を意識しやすい構成になっています。他方、後者のように分冊されたタイプの教科書は、同時に複数の本を行き来する手間がかかるかもしれませんが、全体の分量(ページ数)も多く、そのぶん情報量も豊富です。いずれのタイプの教科書であっても、先に指摘したとおり、行政作用法と行政救済法が相互に連係することを意識しながら、読み進めましょう。
 また、行政法を学習する際には、判例を知り、理解することも必要です。学習用の判例解説書(たとえば、『行政判例百選』)を活用しましょう。なお、学習用の判例解説書には、判決の全文が掲載されていません(判決の要旨、「判旨」が掲載されています)。判決の全文は、多くの場合、公式判例集(たとえば、最高裁判所民事判例集、いわゆる「民集」)や判例雑誌(たとえば、判例時報、判例タイムズ)のほか、裁判所公式ホームページ内の「裁判例情報」からも入手することができます。学習用の判例解説書だけに頼るのではなく、興味・関心を持った事件があれば、ぜひ、判決の全文を読んでみましょう。判決は、法律上の問題を解決するために、論理的に書かれています。まさに、法律論文の書き方の手本ともなるものです。

履修上の注意

 憲法は、わたしたちの基本的人権を保障しています。ところが、公益を実現するために行われる行政活動は、往々にして、国民や企業の行動を制約します。行政活動が適正であるかどうかを見極めるためには、憲法の観点からも、基本的人権と「公共の福祉」とのバランスを考えなければなりません。
 また、行政活動によって形成される法律関係は、国や地方公共団体が一方の当事者となり、国民や企業が他方の当事者となる法律関係です。そこでは、”対等な”当事者間の法律関係を規律する民法の基本的な考え方がそのまま通用するのでしょうか。それとも、国民や企業は国家権力を相手にしなければならないから、民法の基本的な考え方は通用しない、あるいは、修正されるべきでしょうか。
 以上のことからもわかるように、この科目は、憲法および民法の基礎を学んだうえで履修することが望ましいと言えます。
 さらに、行政救済法の分野で主に取り扱われる行政事件訴訟法は、民事訴訟法の特別法にあたります(行政事件訴訟法7条を参照)。行政事件訴訟法に特有の問題についてはこの科目で学ぶとしても、基本的な裁判の仕組みについては、民事訴訟法の知識が必要です。この科目を学ぶときは、並行して、民事訴訟法も積極的に学ぶようにしましょう。

関連科目

憲法、民法、民事訴訟法

成績評価方法

科目試験による。

参考文献

*教科書・基本書
大橋洋一『行政法Ⅰ現代行政過程論』有斐閣、第4版、2019年
大橋洋一『行政法Ⅱ現代行政救済論』有斐閣、第4版、2021年
*学習用判例解説書
『判例百選』シリーズ
『重要判例解説』シリーズ

レポート作成上の注意

(1) 設問をよく読み、その趣旨を十分に理解した上で、設問に正面から答えるレポートを作成してください。例年、設問の趣旨を無視し、「行政法とはなにか」などを書いてくるレポートが見られます。また、設問に正面から答えず、一般論を長々と書き連ねるレポートも見られます。
(2) 法学の基礎知識を確認してください。根拠条文の引用方法、裁判判決の出典の表記方法など、基本的な約束事が守られていないことが少なくありません。
(3) 構成を練り、推敲を重ねてください。文章をただ書き連ねるだけでは、読み手に訴える説得力に乏しい場合もあります。小見出しを付ける、(一部に)箇条書きのスタイルを取り入れる等の工夫を試みてください。『法学教室』や『法学セミナー』などの法律雑誌に掲載された論文に接することも、書きかたを学ぶためには有益でしょう。